会場(男性) : 『東京から考える』の話が出てきましたが、お年寄りにとって住みよい街を考えたとき、便利さ、自由に対してどのように向き合っていくのかを青山さん、大友さんにお聞きしたいのですが。
青山 : その本の中で「ジャスコ的空間」って言っていますが、ジャスコで買い物をするとすごく便利と言えると思う。けれど、「ジャスコ的空間」でわれわれを剋目するような小説や映画が撮られることがあるのかな?そういう人はいると思うけれど、今自分が小説や映画の人物をジャスコ的空間に入れて書く、そこにカメラを置いて登場人物をジャスコにおもむかせるという気にはならない。あ、このポーチはジャスコで買った(笑)。でも、それはそれ。果たして便利を取るか、自由を取るかって話になるのかな、とも疑問に思います。自我がつぶれるという気がすごくして、そこに危機感があります。
何かを創るということは、単純にそこにアイデンティファイできるかというだけの問題ではなくて、さっき言ったような自我の問題、街の中に何かがあってその中に自分を見つける、絶えず鏡を見ているような状態だと思います。
大友 : 便利さと自由さに共通するキーワードがある。それは、コントロールできるかということです。それで考えると、便利と自由は実は同じベクトルになってしまうんですよね。自分がどれだけ楽にコントロールできるかというところにいつも視点がいっています。音楽で言えば、簡単にコピーしてバラまける技術が進んでいる。音が悪いと言ったって、それは技術が上がればその内よくなっていくんだろう。音の好き嫌いは別として、その便利さに人間は負けてしまう。俺も負けてコピーすると思うもん。そのとき、便利さと自由さはぶつかりあっていない。こんな小さいフリスクみたいな中に何千曲も詰めるか?フリスクでさえ50粒なのに(笑)。みんなが何かをコントロールしたがるのを、異常だと思う。俺がエレクトリック・ギターやギター・アンプ、フィードバックが好きなのも、コントロールできなくて暴れちゃうところ。「なんでそんなにコントロールしたがるの、石原さん」って思う。俺の音楽は誰かに支配されたくないです。俺はMですけれども、誰にでもされたいわけではない。支配されたいな、と思う人にたまに支配されたいだけです(笑)。
大木 : Mの大友でも都知事には支配されたくないという話でした。
大友 : そりゃあ、選ぶ権利がありますからね。
青山 : あの人はMだよ。あれほどの嫌われ好きはMだと思います。
大木 : わかりました。ありがとうございました。